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2007年4月16日 (月)

移動運用(その1)

今ではライフワークの一つとなりつつある移動運用。

状況が許せば、1.9~430MHzのオールバンドでCW・SSBはもちろん、PSK・RTTY・SSTVも運用可能である。(あっ、FMもできる)

開局後しばらくは移動局は呼ぶのみだったが、地域クラブの活動の一つとして「フィールドデーに移動で参加しよう」という話が持ち上がり、移動機材の調達が始まった。

とはいえ、無線機は真空管式全盛の時代。

電源は工事などで使われる2KWだか3KWの大型の発電機をレンタルした。

自分を含め運転免許を持つものがほとんどおらず、某局は移動先の岐阜県瑞浪市と名古屋市を1日に何往復もすることになった。

先発で機材満載者に自分が同乗して現地で荷物を降ろし、彼は最寄りの瑞浪駅や釜戸駅へメンバーを迎えに行く。(その間自分は機材の番)

駅への往復も複数回したような記憶があり、仕事の関係で彼は一旦名古屋へ帰ったりもしていた。

勿論携帯電話などはなかった。

金曜の昼に先発隊が設営すると、その夜50MHzで土曜から参加の後発隊とスケジュールQSOを行い忘れ物や不足機材の請求をするというスタイルだった。

汗まみれになって移動先の開墾をしたのも、遠い思い出になった。

50MHz(勿論AM)では、59オーバーで入感する3・4・5エリアからのパイルアップに狂喜し、

夕食そっちのけでマイクを握っていた者もいた。(発電機が止まった後もハンディー機で運用を続けていた)

メンバーの都合で金曜の夜に到着した年は、土曜の早朝に雷雨に遭遇。

稲光の中、何とかの馬鹿力で発電機や無線機を1km近く先の展望台に避難させた。

大変な目にあったが、以降はその展望台で運用することが恒例となった。

坂道を登るのは苦しかったが、展望台にブルーシートを張ると狭いテント内での運用とは比べ物にならないほど楽だった。

またメンバーが一同に会して運用できるため、非番の者は雑談やゲームに興じることもできて一層楽しみが増えた。

ちなみに当時の我々のゲームと定番は「スクラブル」!

CQコンテストは別のメンバーに任せて、「一杯やりながらのスクラブル!」ということも多かった。

自宅では絶対不可能(と思っていた)1.9MHzに出よう!と言って、藪の中にフルサイズD.P.を張った年もあった。(当時は1.9でもコンテストに出られた)

クラブのFDの話は尽きない。

個人の移動運用の話などはまたの機会にしよう。

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