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2020年12月30日 (水)

7耐終了!

年末恒例の

7時間耐久レース(授業)が先ほど無事終了。


コロナ禍の中でもありがたいことに、今年は結構忙しく、

昨日と一昨日は「5耐」でした。


明日からは少しスケジュールが楽になるので、

3日の休みまで何とか持ちこたえられそうです。(笑)

 

 

2020年12月24日 (木)

開局50周年のお礼

明日12月25日は当局の開局記念日です。


50年間のデータを色々な角度から集計・分析していますが、

今週に入って本業がQRLとなり遅滞しています。(大汗)


とりあえず、今日まで50年間の交信数は

194361でした。

これはHamlogに入っているデータ数で、交信時刻をログに書き忘れた初交信の分は含まれていません。

また、70・80年代のコンテストでの交信は、作業量を考慮してQSLカードのある分しかHamlogに入れていません。

 

1996年10月28日に現住所で運用再開する前までの交信数は13699でした。


実家での開局前後から現在まで、多くの方々に大変お世話になってきました。

お一人お一人との場面を思い出しながら、心よりお礼申し上げます。


今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

 

2020年12月21日 (月)

コンテスト規約変更!

JARLからのメールで知りました。

自分に関係のあるものとしては、

① 50MHz CWの周波数が50.050MHz~50.090MHzに変更。

② F.D.の時間帯が、土曜21:00~日曜15:00に変更。

詳細はこちら→CONTEST (jarl.org)

他には1.9MHzの使用周波数帯が設定されたり、紙ログは100局までなどの告知もありました。

①も②も、以前のルールに戻るだけですね。

①に関しては、コンテスト用周波数として入れてある無線機のメモリ内容を変更するだけで、大きな影響はなさそうです。

周波数帯が10KHz狭くなっていますが、閑古鳥が鳴いている時間帯がほとんどの当地では問題は生じないでしょう。

②は、時間帯変更の初年度から、ログ提出時の意見欄に「移動するものにとっては改悪。元に戻して欲しい。」と記載し、

このBlogやQSLカードにもその旨を書いてきました。

設営と撤収を考えれば、決して暑さ対策になっていないし、

設営後コンテスト前に、BBQや花火を楽しむことができなくなり、

F.D.が無線をするだけの味気ないものになってしまいました。


元の時間帯に戻るのは大歓迎です。

「気力・体力を維持して、来年もF.D.に参加しよう」という気になりました。

2020年12月18日 (金)

捜索継続中

アルバムを整理していて見つけた写真。

Kido

拡大すると

Kidoup

大学の合宿で、長野県飯山市戸狩小境へ下見を含めて3回行きました。

当時は中央道を伊北インターで降りて、塩尻-松本-長野経由で行くしかありませんでした。


インターを降りた後しばらくして通った橋がこれです。

最初に通った時に、橋の名前を見て車内が大騒ぎになり、

翌年には少し前からカメラを構えて、車内からの撮影に成功しました。

現在はライブカメラもあるようです。
長野国道事務所 (mlit.go.jp)

 

ところで何の合宿だったのかというと、

Photo_20201218172601

将棋部!

ちなみにこの写真は、左側が私を含めた2・3年生で右側は1年生なのですが、

なぜか左側は全員長袖を着ていて、右側は全員タンクトップという謎の光景。

勿論、狙って撮った訳ではなく、後で見て気付いたものです。


不思議なことといえば、

折角遠出をしたにもかかわらず、現地で電波を出すことを全く考えなかったのも意外です。


朝から晩まで将棋をしていた訳ではなく、合宿中には車を走らせて新潟県堺まで行ったこともあり、

当時は、7MHzや50MHzで移動運用をしていたのに、本当に不思議です。

 

せめてハンディー機でも持っていかなかったのか?


大学の部室へ無線機を持ちこんで移動運用をしたことはあるのに、

どうして一考すらしなかったのか・・・・

2020年12月12日 (土)

発掘品整理

昨日掲載したアルバムをスキャンしてデータ化しました。

台紙の汚れが目立ちますが、写真はかなり見やすくなりました。

Fd20201212_00007

220201212_00000

Fd20201212_00001

Fd20201212_00004

Fd20201212_00006

Meeting

私の運用している写真はマイクを握っているものばかりでした。

やっと1枚だけ電信をやっているものを発見しました。

Cw

当時は、縦ぶりで1時間くらいは高速で運用していましたが、

この写真の左手で押さえて黒いものは、シングルレバーのエレキー(EK-9X)のようです。

今のように、エレキー(しかもメモリチャンネル付き)が無線機に内蔵されているなんてことは想像できませんでした。

某局がメッセージを記憶できるエレキー「MK-1024」をF.D.に持ってきたときは大変驚きました。

CQやナンバーの送信が大変楽になり、飲食しながらの運用も容易になりました。


ただ、給油のため発電機を止めて電源が落ちると、せっかく書き込んだメモリ内容が消えるのが難点で、

TTLをC-MOSに替えれば電池で駆動できるのにと、回路図を眺めたことを思い出しました。

 

 

2020年12月11日 (金)

捜索(発掘)中

先日載せた写真の原本が出てきました。

Img_4325

掲載したものは順に

74年11月,75年3月,76年2月でした。

このアルバムにはクラブのF.D.のものもありました。

Img_4327

Img_4328

Img_4329

Img_4330

初めて移動した1975年から4年間のものです。

懐かしい顔ぶれが揃っています。

今でもイベントでは顔を合わせる方や、

年賀状だけはやりとりしている方、

そして消息不明の方も。


1979年以降のものも保管してあると思いますので、

また探してみようと思います。


このアルバムにはこんな写真もありました。

Img_4331

実施時期は不明ですが、参加者が多い!

私はちょうどストロボが反射しているところにいました。

2020年12月 8日 (火)

QSOパーティ

JARLからのメールで、来年のQSOパーティの日程が変更になったことを知りました。

QSOパーティ規約 (jarl.org)

1月2日と3日の2日間だったのが、1月2日から7日の6日間になりました。

ステッカーの取得に必要な交信数は20のままで変更はありません。


NYPといえば、2003年から2014年までの12年間は1月2日に休みをとって、

JCC2003(岡崎市)からJCC2014(西尾市)へ毎年移動していました。


干支がちょうど一回りした2015年からは、休みが取れなくなってしまい自宅から参加しています。


来年は1月3日の日曜日が休めそうなので、久々に移動に行けるかもしれません。

JCC2021は小牧市ですね。

小牧市へは2007年の移動が最後で、それ以降は行っていないため場所探しが大変かもしれません(笑)


QSOパーティといえば、

A1CLUB和文部会主催の「和文QSOパーティ」も行われます。

2020和文QSOパーティ (a1club.org)

開催期間は12月27日から1月10日までです。

局数を競うコンテストではありませんので、

1回だけの和文交信でのエントリーも大歓迎です。

また、挨拶だけを和文で行ったQSOも有効ですから、

NYPでは、ナンバー交換の後に「今年もよろしくお願いします」などと打ってみてはいかがでしょうか。

2020年12月 4日 (金)

開局前、そして・・・

今と違い、写真を撮ることが簡単でなかったため、当時の画像は殆ど残っていません。

以前公開したことのあるものばかりです。

これは開局前のSWL時代

Swl

色々なものが散らかっています。

少しは片づけてから撮影すればよいのに・・・

高1中2で3.5Mcと7McのAMをよく聞いていました。

プリセレやQマルチ、50Mc用のスーパーリゼも写っています。


開局のため、3.5/7McのAM送信機を作っている間にAM局が激減してしまいました。

仕方がないので、HFは友人のFT-200(10W改)を共用する形で申請し、

彼の開局第一声の後、友人宅から21McのSSBでのQSOが初交信になりました。

緊張していたためログには時刻の記載を忘れてしまい、

約束したはずのQSLカードも来なかったので、

すっきりしない初交信になりました。(涙)

自宅での開局は50McのAMでした。

時刻は忘れませんでしたが、こちらも交換を約束したQSLは未着。

どちらも「初めての交信です!」と興奮気味に言いましたが、

何ともモヤモヤした初交信になりました。


この頃の写真は残念ながら1枚もありません。


自宅のシャックの写真で一番古いものは恐らくこちら。

1975

部屋と部屋の間の空きスペースにテーブルを入れて、

ローカル局から譲ってもらったFT-400Sを設置し、

自宅から本格的にHFの運用を始めました。

姉のコールサインがありますので、1974年頃と思われます。


そのしばらく後、念願の400ラインを手に入れて、

最初のSWL時代と同じデスクへ戻りました。

Shack

その翌年、プレハブ小屋を建ててもらいそちらに移りました。

1976

壁にはWAJAではなくHAJAが貼ってあります。


画像データが散逸しかけているので、

探しながらまとめていこうと思います。

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